二月十九日日曜日

■特訓


「あったらしっいあっさが、キター!」
「「わわっ!?」」
 いろいろと大変なことがあった次の日の朝。
 初羽と絢の日曜の朝はある一人の珍(侵)入者によって乱されていた。
 既に起きていた初羽もまだ寝ていた絢も二人の驚きようは同じに見えた。
 その二人の平穏を脅かした張本人は部屋の中央で仁王立ちしている。
「作戦成功!」
「寿命を縮めかねないドッキリは止めてください、百」
 萩原百その人が立っていた。
 間違いなく昨日初羽と電話をした百本人である。
「こんな朝早くにどうしたんですか?」
 疑問に思った初羽が訊く。
「風に呼ばれたからさ…」
「呼んでません」
 百の言動は相変わらず不明だった。
 どうして朝早くやって来たのかというのは百にしか分からないことだろう。
 彼女の行動は考えても仕方がない。
 初羽は付き合いからそう割り切っていた。
「朝御飯六人前お願い!」
「人数多くありませんか?」
 この場にいない小春とメイを合わせても五人分しかいらないように思える。
「いいのいいの。ところでさ、漢字が六文字以上並ぶと読み辛いと思わない?」
「昨日と同じこと言ってません?」
「青春とは…振り向かないことさ…」
「青春は関係ないです」
 考えても、仕方がない。

 数十分後、初羽の部屋に六人分の食事が用意されていた。
 部屋に集まった人数も六人だった。
 初羽、絢、小春、メイ、百、そしてもう一人…。
「………」
 百の隣に、この部屋に来てから終始無言を貫いている少女が居た。
 少女は百の方を(それはもう)不機嫌に見ていた。
「え、えっと…」
 初羽と小春はこの無口な客をどう扱ったらいいのか分からなく戸惑っていた。
 ちなみに絢とメイは無言を貫くことを決めたようだった。
「いっただっきまーす!」
「…いただきます」
 明るい(能天気ともいえる)百と無口で不機嫌そうな少女の態度は対照的である。
「えっと…どちら様ですか?」
 踏ん切りがついたのか、事情を知らない小春が少女に訊ねる。
 もっとも、誰一人事情など知らないのだが。
「こはるんは初めてだね。あちしは萩原百と申す」
「………」
 変な自己紹介をする百を少女が軽蔑の眼差しで睨む。
 もっとも、百を知る者からしたら特に驚くことでもない。
「こ、こはるん?」
「ぬ? 不評かい? じゃあはるみち」
 その方が嫌だと思う、とここにいる全員が思った。
「ふ、普通に呼んでください…」
「しょうがない…小春で」
「そ、それでお願いします」
 小春もなんとなく百の性格がこの短時間で分かった気がしていた。
「そ、それでそっちの人は…」
「橘椎。よろしく」
「は、はい!」
 そんな百と対照的な素っ気ない態度の椎。
 そのドライな態度に思わず腰が引けてしまう小春であった。
「はい、よろしくお願いします」
「よろしく」
「………」
 続けて初羽や絢、メイも挨拶する。いや、メイは黙っていたが。
「椎とはほとんどの人が初対面だよね。私の親友の椎だよ。実はこう見えて凄い魔法使い」
「へぇ…」
「………」
 絢が感心したようにするが椎は全く意に介した様子はなかった。
「…かな?」
「どっちなんですか!?」
 百の一言に思わず声を張り上げてしまった小春であった。
「おおう、小春っちはボケに見えてツッコミなのか」
「…ところで、何の用で来たんです」
 百に付き合わず、メイがあまり好意的でない声で言う。
 まあ百のテンションに付き合っていれば仕方がないことだと初羽は思っていた。
 そう考えると椎の態度もある意味必然なのかもしれない。
「んーとね、ういういが特訓したいって言うからさ」
「ういうい…って私ですか?」
「そうだよ初ちん♪」
「また変わってます…」
 昨日の電話の時にはそんなこと言った覚えは初羽にはなかったが、百が目配せをしてきたので話を合わせてほしいのだと初羽は悟った。
 それにピエロのことを考えれば特訓の場を設けてくれようとしている百の言葉はありがたいことでもある。
「特訓?」
 絢が怪訝な表情で問う。
「こう見えて百は強いですからお願いしたいと思いまして」
 初羽が百をフォローするように言う。
「そういえば百と戦ったことってないわね」
「…私も」
 絢とメイが言う。
 初羽は百と戦ったことがある。が、その内容は実にスパルタだったことを覚えている。…そう、それはもう壮絶な……。
「? どうしたんですか初さん」
「い、いえ」
 だけどそのおかげで初羽は強くなれたことも自覚している。なにしろあの事件までは病弱で戦うことすらままならなかったのだから。
「朝御飯食べたら早速特訓するよ! おかわり!」
「ないです」
「じゃあ椎のところから強奪!」
「こら」
「おお…」
 百の強奪を素早く箸で止めた椎に感嘆する小春。
 椎からすれば日常茶飯事の出来事である。
 ともあれこうして日曜の朝は騒がしく過ぎて行った。

 朝食の後。
 初羽たちは再び昨日の魔導書内に居た。
 ピエロと会わないように今回は通常エリアではなく、絢が魔導書内に作った隠しエリアに来た。ここは隠しエリアでも絢が作った空間なので完全な制御が可能である。
「それにしても相変わらずややっこしい作りになってるよねこの魔導書って」
 百が愚痴を言う。
「あんたってこの魔導書に来たことないでしょうが」
「実はこそっと来たことあったりして…」
「絢の結界を潜りぬけてですか?」
「らっくしょうだよ!」
「………#」
「ど、どうどう! 落ち着いて下さい絢さん!」
 百の告白に魔術師としてのプライドが深く傷つけられた絢だった。そういえば昨日の出来事を考えるとピエロにも結界を抜けられていたことになる。
 とはいえ、実はそれは仕方ないことでもある。
 魔導書が置かれているこの部屋を中心に半径数kmぐらいの魔法陣の結界が何重にも張ってあるとはいえ、その範囲は普通の魔法の比ではない。結果として結界の一つ一つは脆弱なものになってしまっている。その上魔法陣は使用者の手を離れて自動で発動する魔法のためたとえ破られても気付けないという弱点がある。絢は結界を何重にも重ねて張っているとはいえ、それも所詮は誤魔化しでしかない。ある程度知識のある魔法使いであるならば結界を張った本人である絢に気付かれないように結界を破るのは簡単であろう。
「まあ魔導書の仕組みは知らなくてもあんまり支障はなかったりするんですけど…」
「おっ、初っちがぶっちゃけちゃったね」
「実際私も絢も魔導書の全てを知っているわけではありませんし」
「設定が理解出来ないって苦情もあり――」
「それ以上は言っては駄目です」
 初羽が百の口封じをする。
「…それで? 特訓って言ってたけど」
 気を曲げた絢が百に訊く。
「ふっふっふ。私の特訓は厳しいじぇい」
「………」
 もはや突っ込む人は誰もいない。
「…それじゃ始めますか」
 微妙に寂しそうな百であった。
「特訓って言ってもやることは簡単。私と戦うだけ。びしびしいくからね! 初、絢、メイ、小春」
「こ、小春もですか!?」
 特訓の名前に自分が入れられていたことに小春はびっくりしていた。
 魔法使いでも能力者でもない小春は戦うことはないと思っていたからだ。
「もちろん。大丈夫殺しはしないから。こ・ろ・し・は」
「で、でも小春何も出来ないですし…」
「絢の身体強化があったでしょ。あれで戦えるでしょ」
「ほ、本気ですか?」
「本気と書いてマジと読む」
「…覚悟を決めた方がいいです」
「はうう…」
 小春が思わず項垂れる。
 だがこれからも戦いの場に関わっていくのなら少しでも強くなっておくことは必要なことだった。
 百はいい加減な性格に見えるが意味のないことを強要する人間でないことを初羽は知っている。…いや、いい加減な性格は否定できないかも。
「戦う時間は一時間。長期戦を予想して戦うから体力や魔力配分を考えて戦うようにね」
「それじゃあまず私から…」
 百の特訓に初羽が名乗り出る。が、
「なに言ってんの。私対初、絢、メイ、小春の四人だよ」
「は!?」
 絢が思わず大声を出す。
 小春も口を開けているし、メイも硬直してしまっていた。
 初羽も動きが止まってしまう。
 ただ椎は別になんとも思っていないようだった。
「正気!? 小春がいるとはいっても四人相手にするなんて!」
「大丈夫。私、けっこう強いし」
「で、でも…」
 心配する小春をよそに百は柔軟体操を始める。
「ほらほら、そっちも準備しないと」
「…クロ、いきますよ。コンファイン!」
 初羽とクロが一体化する。
「絢たちも準備しないとです」
「…分かったわよ。小春、こっち来なさい」
「は、はい」
 絢が手元からビー玉を取り出し小春に使う。
 昨日と同じ、身体が軽くなる感覚。
「一時間は持つようにしたから」
「が、頑張ります…」
 メイは特に何もしてないがおそらく準備万端なのだろう。
「じゃあ始めるわよ」
 椎が携帯電話を片手に距離を取っていた。
「今から一時間。用意始め」
 戦闘の合図が開始される。
 初羽が百に突撃する。
「はあ!」
 コンファインしている初羽の動きは常人とは比べようもない。
「よっと」
 だが百は何の苦もなく初羽の攻撃を全て避けている。
 初羽より動きが早いわけではない。それなのに百は初羽の動きを全て読み切っているかのようだった。
「えい」
「つぅ!」
 百の足に引っ掛かり初羽が転ぶ。まるで赤子の手を捻るようだった。
「ほら、ぼさっとしてないでかかっておいでよ」
 ここに至って、絢やメイも百の言葉が本気だったということを悟った。
「詠唱省略ファイアアロー!」
「いけ!」
 メイが十本の矢を放ち、絢が水色のビー玉を放る。
 火の矢と氷の塊が一斉に百に降り注ぐ。
 初羽は地面を蹴り百から距離を取っていたが百には動く気配がない。
 が、百は全ての攻撃を紙一重で避けた。
「バースト!」
 矢と氷を避けた百の後ろで矢が弾ける。
 爆風に巻き込まれ、氷の塊がバラバラに砕け散って逆風に乗り方向を変えて百に降りかかる。
 …はずだったが、百は平然としていた。
 いつの間にか手には札を持っている。
 いわゆる陰陽術で使う結界の類のものだ。
 魔法を全て護符結界で弾いたのだろう。
「おおう。連携プレイというやつだね」
 余裕の表情の百。
 その横からは初羽が飛び蹴りの姿勢で飛んでくる。
「ほらほら、小春っちも頑張れ」
「はうっ!?」
「いつの間に!?」
 百はいつの間にか小春の背後に居た。
 初羽の蹴りは空を切っていた。

「………」
 椎はその五人の様子を傍から見ていた。
 百は明らかに常人離れした動きをしているのは初羽たちにも明白だった。
 魔術や能力で身体能力を上げている初羽たちとは違い、百はそのようなことをしていないらしい。しかしその動きは魔術や能力で上書きしたのではないかと疑ってしまうほどだ。或いはなにかの薬物でも使用しているのではないかと考えてしまうほどの機敏な動きである。実際に使っているのかどうかは椎も知らないが。
 ただ魔術や薬を使って身体強化を施しても人間の限界を超えることはできない。結局、最後に頼りになるのは自分の実力だけだ。その点を考えれば百と初羽たちに差はない。
 もっとも人間の限界がどこにあるのかというのは未だに解明されていない。人間の限界が解明されていない今、それを語るのは意味無き事と言える。ならば未だ人間には無限の可能性が残されていると言い換えるべきかもしれない。
 そして萩原百はその人間の可能性を限りなく開拓している人物と言える。
 だがそれを得られたのは間違いなく百の資質に因るところが大きい。
 長年百と一緒に居る椎にも真似ることは出来ない。
 例え今の四人が全力で戦ったとしても百には勝てない。
 初羽たちとは場数や経験の桁が違う。
 それが萩原百という存在。
 普段の態度の裏に潜む本当の姿。
「…柄にもない」
 余計な思考をしてしまったと椎は反省する。
 いずれにしろ百と戦うということは四人にとっても意義あることだろう。
 …初羽が真に資格ある者ならば。



「タイムリミット」
 椎が一声告げる。
「おっつかれー!」
「ぜー…ぜー…」
 息を切らせず汗一つかいてない百に比べて、初羽、絢、小春、メイの四人は地面に倒れ込んでいた。
「むー、みんなだらしないぞ」
「あんたと比較したら可哀相だわ」
 椎がぴんぴんしている百に言う。
「ぜー…ぜー…」
 しかし初羽たちには百と椎の会話に参加する余裕すらなかった。
 小春は仕方がない。
 だが絢とメイは幾度と修羅場を潜ってきた経験があった。そこから来る自信があった。
 それがいとも簡単に覆されてしまった。
 絢とメイは全力だったというのに百は最初の一回以外防御魔法の一つも使わなかった。明らかに最初より激しい攻撃だったにもかかわらずである。
 それどころか百は頭を叩いたり、背中を押したり、ほっぺたをつつくだけで攻撃らしい攻撃の一つもしていない。
 完全に遊ばれていた。
 魔術使い、魔法使いという肩書きなんて何の役にも立たないことを思い知らされた。
 魔法使いはその非凡なる才能に酔い自身の力を過信する傾向になりやすい。
 人とは違うということはそれだけで優越感に浸ることができるのだ。
 それは相手との力量を見誤らせ、自分以外も危険な目に遭わせてしまうこともある。
 人が成長するために必要なのは失敗だということは多々聴く。
 なら、これは必要な失敗なのだろう。
 しかしそれは意識の問題だ。
 それだけでは決して強くなることは出来ない。
 百のしようとしていることはあくまで初羽たちを強くすることだ。
 意識の改革などこの際どうでもよかった。
 それを行う必要性はない。
 …初羽たちは一人ではないのだから。
 仲間がいれば過ちを犯すことは少ないのだから。
 今の初羽たちに必要なのは連携。
 逆に連携さえとれていれば今のままの初羽たちでも十分にピエロに対抗できると百は考えていた。
 とはいえ、四人がかりで百に手も足も出なかったことは否定できない事実であり、若干の弱い者いじめが混ざっていたことも否定できない。
「初、薬は要る?」
 百が初羽に訊ねる。
 だが初羽は首を横に振った。
「大丈夫です。これぐらいなんてことありません」
 初羽が立ちあがる。
 一番動いていた初羽だが、一番最初に落ち着いたのも初羽だった。
「う、初羽さんすごいです…」
「私は慣れてますから」
 絢もメイも小春の言うとおりだと思ったが、実際初羽にとっては慣れっこである。
 初羽は一時期百に稽古をつけてもらっていた時期がある。その時に椎にも稽古をつけてもらったことがある。
 百の訓練は大きく分けて二つだった。
 長時間低燃費の戦いと短時間高燃費の戦い。
 能力を極限まで絞った状態での長期戦と能力を極限まで使った状態での短期戦。
 戦いに置いて最も基本的な力の運用を実体験させるのが百の訓練だった。
 絢とメイは制限時間が一時間と聴いて最後の方には全力で戦っていたが、初羽は最初から最後まで能力を極限まで絞った状態でしか戦っていなかった。
 百の特訓は全力で百を倒すことが目的ではない。
 如何にして効率的に能力を使うかが目的なのだ。
 もっとも百は今回の特訓の目的を話していないので絢とメイが全力を出してしまうのも仕方がないことである。
「じゃ、次の訓練始めるよ! 五分間、私の攻撃をかわすように」
「「ええっ!?」」「………」「はい!」
 だから初羽には次の特訓がすぐに始まることも分かっていた。
 知らない他の三人は不満顔をしていたが。
 …その後、初羽以外の三人が呆気なく倒されたのは言うに及ばないだろう。

「それじゃみんな、お昼にしましょ♪」
「せ、せめてキャラは統一しませんか…」
 息も絶え絶えに初羽が百にツッコむ。
「というか食欲がないわ…」
 百の訓練に付き合わされた絢たちは食事が喉を通りそうにない状況だった。
「サンドイッチだから比較的食べやすいはずよ」
「あ、椎さんが作ってくれたんですか」
 考えれば椎以外の人は訓練をしていたのだから当然である。
「どこで作ってきたのよ…」
「…食べましょう」
「なんでそこで言葉を濁すんです!?」
 思わず怪訝な表情をしてしまうが、百も椎も気にする様子なく食べるので初羽たちも食べることにした。
 サンドイッチはかなり手抜き感があったが、疲れていた身体には逆に手の凝ってない方がよかったらしく、サンドイッチはたちまちなくなった。
「お粗末様でした」
「椎っち、食後のケーキをくれ!」
「そんなのあるわけ…」
「はい」
「あるの!?」
「わーい! って、これケーキじゃないじゃん! シュークリームじゃん! もぐもぐ」
「食べるんですか…」
 いきなりケーキを要求する百も百だが、椎のあしらい方もさすがといったところだった。
 百が乗せやすい性格をしていることを知って、あえて少しずれた角度で返すコンビネーション。
 まったく役に立たないものであるが…。
「それにしてもきついわね…百の特訓は」
「…同感」
「こ、小春はこの数時間で何kgか痩せた気がします…」
 三者一様の言葉が漏れる。
 実際、百の特訓は初めて受ける人にとってはかなり厳しく感じるかも知れない。
 今回の特訓では、百は足が止まりがちになっている絢やメイを特に狙っていたから二人の感想はもっともである。小春は経験不足による点が大きいが。
 だが初羽だけはそう感じていなかった。
 百の訓練という名の地獄を受けたことがある初羽からすれば今日の特訓なんて優しすぎるくらいだった。
 実際、椎の目から見ても百はかなりの手加減をしていた。もっとも百の本気なんてものは椎ですら見たことがないが。
 普段の態度が態度なだけに百の本当の実力は誰も知らない。ただ、事実として百は初羽、絢、メイといった能力者、魔法使いを束で相手にしても軽くいなせる実力を持っている。
 おそらく昨日の化物ですら一撃で屠り、ピエロも倒せる力を持っているだろう。
 だが、だからこそ百は事件には関わらない。
 強い力を持っているが故に、その力を使おうとしない。
 力を持っている者が力を使わないのは責められることだろうか。
 初羽は力を持っていなかったからこそ力を求めた。
 百は力を持っているからこそ力を手放した。
 なぜ正反対の行動を取る者がいるのか。
 力を持つことは正しいことではないのか。
 そして百は力を手放しているのになぜ初羽に力を与えるのか。
 全てが矛盾しているように見える。
「じゃあ特訓の続きやるよ!」
「ええっ!?」
 結局この日は一日中特訓ばかりしていた。



~Interlude 萩原百~
 夜の商店街を歩く。
 既に特訓は切り上げており、初たちは寮に戻っているだろう。
 私と椎は駅に向かって歩いていた。
「うー、お腹空いたよー」
「そこら辺でなにか買ってく?」
「賛成! 肉まん、あんまん、カレーまん」
「もう売り切れじゃない?」
「マジか!?」
「それより私は甘いものが食べたいわ」
 普通の学生らしい会話。
 かつて私が憧れていた生活。
 それを知っているから、椎も私の態度に合わせてくれる。
「じゃあ桃まん?」
「それは甘くないわ…」
 うん、こんな感じ。
 仮初めの学生でも演じていればその気になってくる。
 よく青春は宝物だというけど私も同感だ。
 ただ何もしていないだけの日常でも、それは青春の時代にしか味わえないものだと思う。
 だから、青春というのは味わえるだけで幸せなんだろう。
 って、なんかこういう考え方は私らしくない。
 楽しいものは楽しい。それでいいじゃないか。
「でも先に慧(すい)と合流してからよ」
「うー、分かったよ」
「私ならここに居るわ」
「うおうっ!? びっくりした」
「冗談。あんたが私に気付かないわけないでしょ」
 慧が後ろに立っていた。
 いつもながら小さい身長と胸をしている。
「今なに想像した」
「あいかわらずちっちゃいなーって」
「くっ!」
 慧はいつもいろいろと小さいのがコンプレックスになっている。
 前に小さいのはそれはそれで価値があるんだよっ! と励ましたらいきなり斬りかかられたことがある。
 それぐらい、慧に小さいと言うのは禁忌なのだ。
 例え頭の中で想像するだけでもタブーである。
 それでも反応が面白いからついついからかっちゃうんだけど。
 っと、ここで一応私たちについて簡単に説明しておこう。
 私、萩原百と橘椎と火村慧は西陽学園に所属していることになっている二年生だ。
 いろいろとおかしい言い回しをするかもしれないけどその辺は気にしないでいただきたい。
 私たちは学生でもあるのだけど、実際のところは既に学生なんて卒業している年齢である。おっと、本当の歳は秘密だぞ♪
 想像はついているだろうけど、私たちはいわゆる裏の社会、魔法使いや能力者といったことに精通している。
 そして私も慧も椎も、いっちゃなんだがかなり強い。…と思う。
 だけど、私たちのことを知っている者はまずいないだろう。
 私たちは機関に所属しているわけでもないし、事件に関わることもまずないからだ。
 どんなに高名な魔法使いでも私たちの存在を知っている者はいない。
 とはいえ、私たちは魔法の存在を切り捨てて日常を過ごしているわけではない。
 私たちには私たちの目的がある。
 それを今ここで書いてもおそらく理解してもらえないだろう。
 一つ言えるのは、私たちが初に手を貸すのは友達だからという理由だけじゃないということだ。
 私にも私なりの理由があって初に協力をしている。
 ひとまずは初がピエロに勝てるようにするために。
「慧も椎もありがとね。昨日は無理言っちゃって」
「ほんとよ」
「いい迷惑だったわ」
「そこで『そんなことないよ』って言うのが友じゃないのかなっ?!」
「歯に衣着せぬ仲というのよ」
「勉強になったわね」
「ううーっ! 絶対嘘だぁっ!」
「ともあれ、なんとかなるといいわね」
「そうだね。きっとなんとかなるよ」
「…………」
 私たちに出来るのはお手伝いだけ。
 やっぱりこういうのは余所者が出張るものじゃないから。
 だから頑張れ。
 初、絢、メイ、小春。
 ピエロなんかに負けるなっ!
「ところでお腹減った!」
「しょうがない、ファミレスに寄りましょうか」
「やれやれ…しょうがないわね」
「いやった! 慧は激辛パフェね」
「あんたが食え」
「この近くにたしか一件あったはず…」
「任せた! ナビ搭載人間!」
「その呼び方はやめて」
~End Interlude~



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